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評論家・雑誌「暫-ZAN-」編集長である三浦純平が哲学・思想・政治・芸術・お笑い・映画・猫など全般的に語ります。

評論家・雑誌「暫-ZAN-」編集長 三浦純平ブログ
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プロフィール

三浦純平

Author:三浦純平
1983年岐阜県生まれ。明治学院大学法学部政治学科卒業。
評論家、電子書籍雑誌「暫-ZAN-」編集長。

2010年、雑誌「表現者」30~32号に秋葉原事件についての評論「不安の現象学」を寄稿。

2019年7月、電子書籍雑誌「暫-ZAN-」を発刊。

専門は特にない。思想・文学・政治・映画・演劇・お笑いなどのジャンルで様々な表現を追求すべく、画策している。

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残らない記号的文明、残るは手の温もり 映画『無能の人』レビュー

2020/11/25 07:00|映画TB:0CM:0

1991年公開、俳優の竹中直人監督作品。原作は、漫画家つげ義春の同名漫画である。

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つげ義春は、何に反発していたのか。

ただの怠惰と言い切るには彼は強情である。漫画家から中古カメラ屋、石屋への転身。我々にはどうでもいいような商売にしか可能性を見出さない「つげ」は、何をしようとしているのか。

それは、資本主義の、いわゆるビジネス文明の徹底的な批判なのである。

彼の批判は最もなのだ。情報の売買、どうでもいいような物の流行…。石を売るのと何が違うのだと彼は真剣に、半ば自嘲的に石を売り続ける。鋭敏な感受性の持主である「つげ」にとって高度資本主義といわれる消費社会の到来は、苛立ちの誘引にしかなりえないのである。

だが、その苛立ちはまた「つげ」を孤独にさせる。

作中で「つげ」は、電車に乗るための電車賃をせびるが、金銭の不足から妻に断られる。そして、稀少な石を見つけに山へ行った帰りのバスの時間にぎりぎり間に合ったはずなのに、「珍しい石がある」と息子に言われそのバスを乗り過ごす。また、そこで見つけた石をオークションに出品するも、妻の失態により自分達が購入することになり、さらには、新たな漫画を出版社に見せに行くも「古い」と掲載を拒否されたりする。

「つげ」がちょっとでも文明社会の要素に触れようとする度、文明社会は「つげ」家族を外へと追いやってしまう。「つげ」は自らそれを拒否しているのではあるが、社会からも拒否される無能者へとどんどん追いやられてしまうのである。



誰にも見向きされない「つげ」。妻や息子もすでに見放し、「つげ」は川原にある石屋で別居生活を送ることになる。苦しみつつも感情を表には出さず、ただただ石を売る…。いや、川岸に100円で人をおぶることもした。

そんな「つげ」の境遇も、丸まった「つげ」の背中を長年見てきた妻には痛ましく思えてくる。情けない父親を見て泣いている息子を見て、「つげ」に対してさらなる同情が妻に浮かんでくる。

その時やってきた編集者の漫画の依頼。「つげ」の書きたかった原稿を載せず、まず別の企画を書いてくれれば文庫も出せると編集者は言う。我々にとっては好条件だと思える話。妻も前なら「やらせてください」と頼み込んだはずであるのに、拒否してしまう。彼女も文明に染まらない生き方を選択してしまうのだ。

「夫のやりたいことをやらせたい」

その一心で彼女は編集者を追い出す。

一人寂しく川原の石屋に佇む「つげ」。誰もいない川原に迎えに来た息子。

「迎えに来たよ」

「つげ」は息子に抱きつくが、「臭い」と言われ、手をつないで帰ることにする。すると、堤防から妻が降りてくる。そっと「つげ」の手を取り、3人は仲良く夕陽の沈む堤防を歩いていく。

「つげ」の境遇は、息子と妻と手をつないで帰ることで何もかもが肯定される。辛い境遇とは、近代社会がもたらした記号的生活との乖離にあるわけではなく、身近な人間関係の切断にあるのだという事をこの映画のラストは声色低く主張する。

記号的文明に適用して生きることにどれだけの意味があるのか。

記号的文明は身体性を徐々に徐々に現代人から奪っていく。それを無意識的にも察知した「つげ」は、家族の手のぬくもりをしかと味わうために、ぬくもりという人間的な感情を細分化せず、まるごと体感するために、いつまでも放浪者よろしくの生活を送っていたのではないか。そして、家族も初めは無意識的に、最後は意識的にそんな彼についていこうと決めたのではないか。
 
ユーモラスでペーソス交じりの見事な日本映画の秀作。ぜひ観ることをおすすめする。


※2009年3月9日の記事です。

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