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評論家・雑誌「暫-ZAN-」編集長である三浦純平が哲学・思想・政治・芸術・お笑い・映画・猫など全般的に語ります。

評論家・雑誌「暫-ZAN-」編集長 三浦純平ブログ
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プロフィール

三浦純平

Author:三浦純平
1983年岐阜県生まれ。明治学院大学法学部政治学科卒業。
評論家、電子書籍雑誌「暫-ZAN-」編集長。

2010年、雑誌「表現者」30~32号に秋葉原事件についての評論「不安の現象学」を寄稿。

2019年7月、電子書籍雑誌「暫-ZAN-」を発刊。

専門は特にない。思想・文学・政治・映画・演劇・お笑いなどのジャンルで様々な表現を追求すべく、画策している。

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生命尊重主義批判の無意味

2021/01/24 07:00|思想・哲学・文学TB:0CM:0

コロナをめぐる議論で生命尊重経済優先かという二項対立がよく設定されている。しかし、この二項対立は不毛である。なぜなら、結局経済優先派もなぜ経済を優先しないといけないかという話の中で、経済が停滞すれば経済苦による自殺が増えるというような話を持ってきて、「コロナにかかりたくない。生命は大事だ」という主張と大差のない、生命尊重の話になるからである。

それであるにもかかわらず、生命尊重派がなぜ批判されるのだろうかと考えると、直接的に「命が無くなるのが怖い」とか「コロナにかかるのが怖い」という言葉遣いが、経済優先派には気に入らないということでしかない。

あるいはこのような点についても批判点があるのかもしれない。それは、「不確かな情報に基づいて、命が無くなることが怖い」と言うのがダメであるということである。それを批判するために、「コロナは危険ではない。命が無くなることはない」という論を展開するのであろうが、これは世界の状況を見れば事実によって反証されている。

いや、違う。先の話で言うと、前段の部分「不確かな情報に基づく判断をするのがダメなのだ」という意見があるかもしれないので、それについても考えてみよう。

たしかに「不確かな情報に基づいて判断をする」ということは、一般論としてはダメなことは分かる。しかし、コロナウイルスのような今まで現れていなかった未知のウイルスに対しては、そのような判断がダメだと言うのが難しい。なぜなら、ある程度のウイルス自体の解明・対処法の確立がない限り、だいたいのコロナウイルスの情報は未確立という意味で、不確かだからである。

それでもなんとか批判をしようと、「生命尊重派はデマにだまされている」とか言って、カッコつきの「確かな情報」に基づいた、真実のコロナ情報を教えてくださるのだが、情報の質という意味では生命尊重派と差がない情報に過ぎない。

事実と言明の一致という意味では、科学的な立証はそれぞれの立場でされており、その質的差異は論文数の多さなどで決めるしかないのであろうが、対立が多い論題ではその質的優劣がなかなか決められない。

統計情報というものでの差も、統計の取り方・結論の導き方で相違は出るものの、どちらかが確定的かというところで考えると、どっちもどっちである。結局は立場の選択というようなことにしかならないのである。

しかし、一つだけ言えるのは、他の疾病と比較して確率論的に死亡する率が低いということは、一人の人間における生命の重要性を下げるということにはならない。

生命尊重主義が批判されるべきなのは、死ぬのが怖いという言説が臆病であるというようなマッチョイズムな話ではない。生命が何よりも最優先であるという価値観は、人生における価値というものの意味を消失させるとともに、価値について考えるということを阻害する。

生命が何より重要であるのであれば、人間はどうあってもいい。どう生きても良くなってしまう。「人間生きてりゃなんでもいいじゃん」という考え方は、ニヒリズムにつながってしまうという価値の問題なのである。

経済優先派のように、何がなんでも生命尊重をする態度に対して批判すればいいわけではない。その生命尊重主義批判は、単なる揶揄以上のものがない。



コロナに関しては、分裂した情報が併存しており、争いがやまない。さらには、新型コロナウイルスにはまだ確立された対処法がない。これに対する対処法は、ワクチンが様々開発されているが、まだ確実な有効性は確認されていない。しかし、研究結果が様々出てきており、情報量としてはだいぶ増えているということは言える。

一方、コロナに伴う政策については一義的に正しいかどうかを決めることがなかなか難しい。

台湾については間違いなく優秀とは言えるが、日本は他の地域と比べるとなぜか感染が広がらないという「アジア的幸運」に乗っかって感染者数が世界的に見ると少ないというだけで、政策的に正しかったかどうかはだいぶ怪しい。

正しかったかどうかというところの精査は、ある程度のコロナの広がりが出てきた時に、政府としてのアクションがどうだったか、満足なものができたかというところで判断されるだろう。その中で言うと、政府が財政出動を十分にしたかどうか、医療崩壊を防ぐための医療体制の整備をしたかというところが大事であろうが、政府は十分に財政出動をしておらず、医療体制の充実にも程遠い状況なので、まあダメだったと言えよう。

今の日本の感染者数の少なさは、日本政府政策により達成されたのではない。山中氏の言うような「ファクターX」によって、アジアに住む人々の感染が少ないだけである。この被害の少なさは、作為の結果ではなく、不作為の結果に過ぎない。おそらく日本人がすごいから、優れているからそうなのではない。

※2021年1月21日のツイートを元にした文章です。


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